雪の降る日は、温泉に行きたくなる。
1月の末、札幌から定山渓を目指した。国道230号を南へ走ること45分。市街地の喧騒が遠ざかり、やがて豊平川が車窓に寄り添い始めると、もうそこは別の時間軸にいる気がする。温泉地に近づくにつれて、道路脇に積み上げられた雪のかたまりが大きくなっていった。この日は氷点下8℃。でも目的地に着く頃には、不思議と寒さが楽しみに変わっていた。
定山渓温泉とはどんな場所か
定山渓温泉は、札幌市南区に位置する北海道でも屈指の温泉地だ。豊平川渓谷に沿って宿が立ち並び、「札幌の奥座敷」と呼ばれてきた歴史を持つ。開湯は1866年(慶応2年)、修験者の美泉定山が発見したとされる。泉質は塩化物泉で、肌なじみが良く「美人の湯」として知られる。
冬の定山渓の最大の魅力は、雪景色と露天風呂の組み合わせだ。川に迫る渓谷の岩肌に雪が積もり、温泉から立ち上る湯けむりが冬の空に溶けていく——その光景は、一度見たら忘れられない。
日帰り入浴「章月グランドホテル」
この日は「章月グランドホテル」の日帰り入浴を利用した。定山渓エリアではいくつかの宿が日帰り入浴を受け付けており、事前確認なく利用できる施設も多い。受付で800円を払い、浴衣と大きなバスタオルを受け取る。
内風呂を通って露天風呂へ。扉を開けた瞬間、冷気と湯けむりが一度にやってきた。目の前には雪化粧した木々と、その奥に豊平川の流れ。湯船の縁には薄く雪が積もっていて、肌が触れるとひんやりとした感触がある。
「寒いはずなのに、ちっとも寒くない」——露天風呂の不思議な温かさ
体が湯に浸かっている間、外の空気がどれだけ冷たくても不思議なほど快適だ。頭だけが北海道の冬の空気に触れて、体は42℃の塩化物泉に包まれている。このコントラストこそが、冬の露天の醍醐味だと思う。雪が降り始めた。湯面に落ちた雪がぱっと消えていくのを、ぼんやりと眺めていた。
渓流沿いの散歩
入浴後は、温泉街を少し歩いた。豊平川に沿った遊歩道は、冬でも整備されていて歩きやすい。川沿いに湯けむりが上がるスポットがいくつかあり、「二見公園」からは渓谷を見渡すことができる。橋の上から川を覗き込むと、緑がかった水が雪の中をゆっくりと流れていた。
温泉地の土産物屋も冬でも営業している。北海道らしい乳製品の土産や、鮭のルイベ漬けを扱う店があり、帰り際にいくつか買い込んだ。この小さな買い物の時間が、旅の締めくくりとして好きだ。
食事処で「ラムしゃぶ」を
昼食は温泉地内の食事処で北海道産ラムのしゃぶしゃぶを選んだ。温泉上がりにさっぱりしたい気持ちと、体を温め続けたい気持ちが同時にあって、しゃぶしゃぶはその両方を叶えてくれた。昆布出汁に白菜と豆腐、薄切りのラムを次々と入れ、ポン酢で食べる。シンプルだが、温泉上がりの体にじわりと沁みる味だった。
定山渓は、季節ごとに違う顔を持つ温泉地だ。春には新緑と清流、秋には紅葉と渓谷美、そして冬は雪と湯けむり。それぞれに理由があって、何度でも訪れたくなる。今度は紅葉の季節に来てみよう——帰り道の車の中でそう決めた。
札幌に戻ると、市街地には雪がほとんどなかった。あの渓谷の静寂が、もう懐かしく感じられた。