草津に着いたのは、午後1時過ぎだった。

バスが湯畑の前に停まると、硫黄の匂いがドアの隙間から滑り込んでくる。この匂いをかぐたびに、体の中で何かが解けていく感覚がある。温泉に来た、という確かな実感だ。2月の平日は観光客も少なく、湯畑の周りにはのんびりと歩く地元の人の姿しかない。白い湯けむりが冷たい空気の中にゆっくりと立ち上っていた。

草津温泉の泉質——pH1.8の強烈な酸

草津温泉の泉質は強酸性。pH1.8という数値は、日本の温泉の中でも際立って低い。レモン汁がpH2前後だと聞いたことがあるから、それより酸性が強いということになる。この強烈な湯が持つ殺菌力は医学的にも認められており、かつては皮膚病の湯治場として多くの人が長期滞在したという。

強酸性ゆえに、入浴前に傷や荒れた肌があると少し沁みる。それでも肌に合う人には「効いている」感覚がはっきりと伝わってくるから不思議だ。硫黄の香りとともに、湯が体に浸透していく感覚——それが草津の特別さだと思う。

西の河原露天風呂へ

目的地は西の河原露天風呂だ。湯畑から歩いて10分ほど、「西の河原公園」の奥にある大型の露天風呂施設。池のように広い湯船が有名で、600円という良心的な価格で入れる。

受付を済ませ、脱衣所に入ると、すでに湯気で眼鏡が曇った。外の気温は4℃。扉を開けて露天に出ると、冷たい空気が頰を刺す。目の前には想像以上の広さの湯船が広がっていた。白濁した湯面から湯けむりが立ち上り、空に向かって消えていく。

「広い」という言葉では足りない。温泉というより、川か湖に来た気分だ。

縁に近いところに腰を下ろし、ゆっくりと体を沈める。最初の数秒は酸性の刺激を感じるが、すぐに体がなじんでいく。42℃前後の湯は熱すぎず、冬の外気との対比でじんわりと全身に広がっていく。

隣に誰かが来ることもなく、ほぼ貸し切り状態で過ごせた。鳥の声だけが聞こえる静寂の中、ただぼんやりと湯に浸かる時間——これが日帰り温泉の醍醐味だと、あらためて思う。

共同浴場「白旗の湯」へ

西の河原を出た後、湯畑のそばにある無料の共同浴場「白旗の湯」に立ち寄った。草津には複数の無料の共同浴場があり、地元の人々の生活の場でもある。観光客も利用できるが、あくまでも地域の施設という意識で使うことが大切だ。

白旗の湯は源頼朝が開いたとされる歴史ある湯。小ぶりな浴槽に、透明に近い熱めの湯が湛えられている。西の河原に比べると温度が高く、50℃近い源泉が投入されているため、浴槽内でも43〜44℃はある。地元のおじいさんと「熱いですね」と笑いながら少しだけ話した。そういう何気ない交流が、共同浴場ならではだと思う。

湯上がりのひととき

3時を過ぎた頃、湯畑のそばの土産物屋に入った。草津名物の「湯の花」を買い、まんじゅうを食べながら帰りのバスを待つ。体はぽかぽかで、頭はすっきりしている。これが温泉の後特有の、あの感覚だ。

草津から上野行きの特急「草津・四万」に乗れば、2時間半で東京に戻れる。夕方前に出発しても夜には帰宅できる——それが日帰り温泉旅の嬉しいところだ。次に来るときは、朝一番の湯に入り、湯畑の景色を眺めながら蕎麦を食べたい。そんな計画を立てながら、バスの中でうとうとしていた。

草津の湯は毎回、新しい発見をくれる。今日は「空いた平日の午後の静けさ」がそれだった。